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アネハヅル

人間は、自然から多くの感動を受けることが多い。それはまさに神の御業である。

そして宗教を信じていなくても、自然に対しては感動を受ける。神を信じなくても、神ということに対しては、統一原理は神を説明するのに、天地万物の創造主を神であると逆に述べているので、この理論に対しては否定できない。(※神の定義は下記参照)

100歩譲って、創造主はいないんだよということであったら、それでも良いのだが、とにかくその精巧さはミクロの部分からマクロの部分に至るまで素晴らしいと思うのである。

文鮮明師は自叙伝の中で、多くの自然との触れ合いを述べている。幼少期から現在に至るまで、故郷の山川草木、あるいは南米の奥地や、海上において、常に自然を愛し続けてきた。

天地人真の父母定着実体み言宣布大会講演文
の中で、文鮮明師は七千メートルを超えるヒマラヤ山脈を往来し、越冬する鶴(アネハヅル)の勇気と気概を私たちも学ばなければなりません。と語られている。

アネハヅルは小型の鶴であるが、一番の高高度を飛ぶ鳥として知られている。一説にはヒマラヤ山脈が隆起する前から、越冬地へ飛来していたのが、長い年月をかけて高高度を飛ぶようになったということである。
自然に対しては学ぶべきことが多い。したがって私は、創造主ということを考えざるをえないのである。

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(※神の定義:神は本性相と本形状の二性性相の中和的主体であると同時に、本性相的男性と本形状的女性との二性性相の中和的主体としておられ、被造世界に対しては、性相的な男性格主体としていまし給うという事実を知ることができる。
)

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