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市内の神社巡り

 昨日は、真夏のような暑い日だった。天気も良く、市内の神社を廻ってみた。

まず浜の宮神社・・・。一番古い神社と言われている。行ってみると、かなり細い道になっているので車が通りにくい感じだ。和歌山の古い所は、自動車用に道が設計されているわけではないので、かなり狭い所が多い。細い道を抜けると少し広い通りに出た。

なんだ・・・・最初からこっちからこればよかったんじゃないの。と思いながら行ってみると小さい神社だが格式のある感じだ。

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浜の宮神社は海岸の近くの古い神社だ。祭神は天照大神及び日前宮に祭られている二神である。
神武天皇が紀国造家始祖の天道根命に命じて2種の神宝を与えて浜の宮の地に鎮座せしめたのが由来と言われている。

また伊勢神宮(内宮)の祭神である天照大神は、当初皇居内で祀られていたが、そのあまりの神威に崇神天皇6年の時に皇居の外にお祭りされることになり各地を巡りながら(斎宮)この浜の宮を通過して最終的に伊勢にお祭りされることになったそうである。

そして伊太祁曽神社。これまた細い道を入っていくと大きな鳥居・・・・。かなり大きな神社だ。

祭神は、五十猛命(いたけるのみこと)、 大屋毘古神(おおやびこのかみ) 大屋津姫命(おおやつひめのみこと) 都麻津姫命(つまつひめのみこと)である。

>『続日本紀』の文武天皇大宝2年(702年)の記事が初見になる。古くは現在の日前宮の地に祀られていたが、垂仁天皇16年に日前神・国懸神が同所で祀られることになったので、その地を開け渡したと社伝に伝える。その際、現在地の近くの「亥の杜」に遷座し、713年(和銅6年)に現在地に遷座したと伝えられる。(Wikiより)

そして日前宮。ここは規模的にも大きく2社が約100メートルほど離れて別々に祀られているのでかなり大きな神社であるとの印象を受ける。

>日前神宮は、日像鏡(ひがたのかがみ)を神体とし、日前大神(ひのくまのおおかみ)を主祭神、思兼命(おもいかねのみこと)、石凝姥命(いしこりどめのみこと)を相殿神とする。

>國懸神宮は、日矛鏡(ひぼこのかがみ)を神体とし、國懸大神(くにかかすのおおかみ)を主祭神、玉祖命(たまおやのみこと)、明立天御影命(あけたつあめのみかげのみこと)、鈿女命(うづめのみこと)を相殿神とする。

>これらの鏡はいずれも伊勢神宮内蔵の神宝である八咫鏡と同等のものであり、八咫鏡は伊勢神宮で天照大神の神体とされていることから、日前宮・國懸宮の神はそれだけ重要な神とされ準皇祖神の扱いをうけていた。日神(天照大神)に対する日前神という名称からしても、特別な神であると考えられる。また、伊勢が大和への東の出口に対し、西の出口であったため、伊勢神宮とほぼ同等の力を持っていたといわれる。日前神宮の祭神である日前大神は天照大神の別名でもあり、朝廷は神階を贈らない別格の社として尊崇した。神位を授けられることがなかったのは伊勢神宮をおいては日前・國懸両神宮しかなかった。なお、日前大神は天照大神の別名とされることについては諸説がある。(Wikiより)

そして最後に竈山神社。ここは神武天皇の長兄である彦五瀬命を祀る。本殿の裏に彦五瀬命のものとされる墓がある。

>彦五瀬命は神武天皇ら弟たちとともに東征に向かったが、難波の白肩津での長髄彦との戦闘で負傷した。太陽に向って戦うのは良くないとして、東から回り込むために一行は南下したが、その傷が元で、紀国の男之水門に着いたところで彦五瀬命は亡くなった。紀伊国竈山に墓が作られたと『古事記』にある。『紀伊続風土記』によれば、当所がその竈山の地であり、墓が作られてすぐに、側に神社が作られたとある。(Wikiより)

ここまで回るのに午後から夕方までかかった。日前神宮・國懸神宮、竈山神社、伊太祁曽神社の三社を廻るのを三社参りと呼び古くから行われているようである。昨日は、浜の宮も含めて四社廻ったが・・・。昔の人は車が無いので相当時間がかかっただろうと思われる・・・。

※地域の写真スナップに写真を追加した。

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