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イエスの再臨は地上誕生をもってなされる

link0036.PNG今日は再臨論から引用する。

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>ルカ福音書一七章24節から25節を見ると、イエスは将来、彼が再臨されるときに起こる事柄を予想されながら、「人の子もその日には同じようであるだろう。しかし、彼はまず多くの苦しみを受け、またこの時代の人々に捨てられねばならない」と言われたのであった。

>もしイエスが、聖書の文字どおりに雲に乗って、天使長のラッパの音と共に、神の栄光の中に再臨されるとするならば(マタイ二四・30、31)、いかに罪悪が満ちあふれている時代であろうとも、このような姿をもって来られるイエスを信奉しない人がいるであろうか。

>それゆえに、イエスがもし雲に乗って来られるとするならば、苦しみを受けられるとか、この時代の人々から捨てられるとかいうようなことは、絶対にあり得ないことといわなければならない。

>それではイエスは、なぜ、再臨されるとき、そのように不幸になると言われたのであろうか。

>イエス当時のユダヤ人たちは、預言者マラキが預言したように(マラキ四・5)、メシヤに先んじてエリヤが天から再臨し、メシヤの降臨に関して教示してくれることを待ち望んでいたのである。

>ところがユダヤ人たちは、まだエリヤが来たという知らせさえも聞かない先に、イエスが微々たる存在のまま、盗人のように突如メシヤを名乗って現れたために、彼らはイエスを軽んじ、冷遇したのであった。

>イエスは、このような御自身を顧みられるとき、再臨なさるときにもまた、初臨のときと同様、天だけを仰ぎ見ながらメシヤを待ち焦がれるであろうところのキリスト教信徒たちの前に、地上から誕生された身をもって、盗人のように現れるなら(黙三・3)、再び彼らに異端者として追われ、苦しみを受けることが予想されたので、そのようにこの時代の人々から捨てられなければならないと言われたのであった。

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