9月 6

>三日目にガリラヤのカナに婚礼があって、イエスの母がそこにいた。

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>イエスも弟子たちも、その婚礼に招かれた。

>ぶどう酒がなくなったので、母はイエスに言った、「ぶどう酒がなくなってしまいました」。

>イエスは母に言われた、「婦人よ、あなたは、わたしと、なんの係わりがありますか。わたしの時は、まだきていません」。( ヨハネ福音書2章より)

本来、イエス様の母マリヤは、イエス様の結婚を準備しなければならない立場にあったのだ。

この聖句は実は、イエス様が母に強く結婚を願ったにもかかわらず、聞き入れられなかった憤りを表わしているのだ。

だから激しく憤って、母よではなく、婦人よと言い換えて言ったのだ。そして、“あなたはよその人の婚宴の準備ばかりしているが、私の婚宴の時がまだ来ていません”と言ったのである。

(ちなみに、一般的な解釈では、あくまでも聖母として立派に描写されている・・・失敗したマリヤではなく・・・。)

祭祀長ザカリヤと関係して、私生児としてイエス様を生んでから、本来ヨセフと関係してはならなかった。

夫ヨセフは妻マリヤを愛していたので、擁護し、自分の子としてイエス様を育てることにしたが、自分が覚えのない子供を疎んじたし、マリヤもいつのまにか同調してヨセフの子供たちと差別したのだ。

バチカンのリンクを下記に上げておくので、どちらが妥当な解釈かよく祈ってみていただきたい。
http://radiovaticana.org/japanese/japomeliapapa0609/japbaviera060911.htm


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