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熊野古道-4

近露王子の説明の続きを書く。近露王子は滝尻に次ぐ準五体王子として格式が高く、古くから開かれていたという。

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五体王子とは、藤代(藤白)・切部(切目)・稲葉根・滝尻・発心門の各王子である。準五体王子とはそれに次ぐ王子である。

>熊野古道はその昔、難関苦行の連続であったといいます。その道中に、熊野権現の御子神を祀ったのが「熊野九十九王子」です。参詣者は、王子社にて、熊野権現の御子神を巡拝し、時には歌会などを開いて長い旅の疲れをほぐし、遥かなる熊野の地を拝して旅の安全を祈りつつ、聖地を目指したのでしょう。やむなく途中で引き返す場合も、最後にたどり着く王子社に参拝してから引き帰しました。「九十九王子」は、実際の神社数ではなく、たくさんあったことを表現したもので、現在伝えられている王子跡は、大阪より熊野にかけて、100社近く存在します。今では、これらの王子跡は熊野古道を示す道標のような存在になっています。「熊野九十九王子」の中でも特に格式が高く、貴人たちにも敬われたのが 藤代(藤白)・切部(切目)・稲葉根・滝尻・発心門で、五体王子と呼ばれています。(歴史めぐりHPより)

皇太子殿下行啓の地という碑が立っており、〔写真〕
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その横には横にはいろいろな案内板が立っている。〔写真〕

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明治の末期まで社殿があったそうだが、神社合祀で取り払われ、境内にあった十数本の杉の木も伐採されるということになり、南方熊楠はこれに反対したが、結局伐採されてしまったということである。

王子の傍の茶屋。〔写真〕

cimg1533s.jpg

王子から見ると風景は開けている。〔写真〕

cimg1534s.jpgcimg1535s.jpg

~つづく~

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