コメントについて

コメントは承認制となっております。
過去の古い記事についてのコメントは担当者の個人ブログ
http://www.wakayama-somu.netの方に投稿お願い致します。

MBCNET 「平和のための旅 2015 ピースロード」

MBC NET ドキュメンタリー 「平和を愛する世界人」(日本語吹替版)

MBC NET ドキュメンタリー番組「文鮮明、統一と平和のための生涯」

Create a Life you love

最近のコメント

アーカイブ

2009.1月からのカウント

  • 699This post:
  • 483568Total reads(閲覧数):
  • 177759Total visitors(訪問者):
  • 59Visitors today(今日):
  • 72Visitors yesterday(昨日):
2017年9月
« 7月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

熊野古道-7

近露王子と伏拝王子を中心に写真で紹介してきたが、いろいろ調べてみると、歴史とともに変遷していく様子に興味深い内容を感じた。

神仏習合により熊野権現と呼ばれるわけは、

>権現とは仏や菩薩がもともとの本体(本地)であり、仏が人々を救うために「権」(仮:かり)に神として「現」われる(垂迹)ことである。(wikiより)

宗教ランキング←クリック(応援お願いします)

>熊野本宮大社の主祭神の家都御子神(けつみこのかみ)は阿弥陀如来、新宮の熊野速玉大社の熊野速玉男神(くまのはやたまおのかみ)は薬師如来、熊野那智大社の熊野牟須美神(くまのふすみのかみ)は千手観音とされる。三山はそれぞれ、本宮は西方極楽浄土、新宮は東方浄瑠璃浄土、那智は南方補陀落浄土の地であると考えられ、平安時代以降には熊野全体が浄土の地であるとみなされるようになった。(wikiより)

皇族から庶民に至るまで、全国から蟻の行列に例えられるほど、沢山の人が参詣したと言われている。説話、民話、謡曲、浄瑠璃に至るまでさまざまな内容があり、興味のある方は調べて見られるのも良いと思う。

明治維新後、神仏分離令により熊野古道周辺の神社の数が激減し、熊野詣の風習が殆どなくなってしまったという。

2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産(文化遺産)として登録されたことにより、再び脚光を浴びてきた熊野古道だが、是非機会があれば現地を訪れていただき、古(いにしえ)の雰囲気を感じていただきたいと思う。

特に付近に湧出する温泉は、古来から病気、怪我の治癒に用いられてきた。 我々も最後に渡瀬温泉に行ったが、西日本最大級の大きな露天風呂があり、熊野古道の疲れを癒すことができた。
~(熊野古道)おわり~

Leave a Reply

  

  

  

You can use these HTML tags

<a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong> <img localsrc="" alt="">