アブラムとサライの物語は、実はアダムとエバの堕落の逆経路を表わしていた。
その物語とは、
>「あなたは美しい。それでエジプト人は夫のわたしを殺して、あなたを奪うでしょう。だからわたしの妹だと言ってくれ。そうすればわたしの命は無事だろう」
>こうしてふたりがエジプトに入ると、パロの高官たちはサライの美しいのをほめ、彼女はパロの王宮に召し入れられました。そこで兄になりすましたアブラムは、パロから厚くもてなされ、羊や牛、ロバや男女の奴隷を得たのでした。
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>サライはパロ王のそばめとして王宮に入るのですが、神はそのことのゆえに、激しい疫病をエジプトにもたらしました。パロ王はアブラムを呼び寄せ、詰問します。
>「あなたはわたしに、何という事をしてくれたのです。なぜ妻であることを告げなかったのですか。なぜわたしの妹ですと言ったのですか。さあ、サライをつれて出て行きなさい」パロは妻のサライと、すべての持ち物を送り、アブラムを去らせました。
だから堕落前のアダムとエバのように、兄妹に戻らなければならなかったのだ。
>「創世記」はいわゆる普通の物語ではありません。神の秘密を暗号として、象徴的に物語っているのです。ですからお話として読んでは、ほとんど意味をなさないのです。
>実はアブラムとサライの旅そのものが、アダムとエバの堕落を償う路程だったのです。アブラムが神の命令に忠実に従ったことが、彼が中心人物として立つ条件なのです。
>アブラムとサライは、アダムとエバの身代わりとして立てられました。ですから、アダムとエバの堕落の罪を償って、復帰するという路程を歩むのです。堕落の経路と、反対の経路をたどって復帰するという法則がありました。アブラムとサライの旅は、アダムとエバが堕落した経路と、反対の路程であったのです。
>アダムとエバは神のみ言を信じないで堕落しました。ですからアブラムとサライは、神のみ言を絶対的に信じるという路程を歩まなければなりません。堕落以前のアダムとエバは、兄妹の関係でした。それが天使長に誘惑されて、サタンの懐に入って、サタンが主管する夫婦になったのです。こうして万物も人間も、サタンが主管しました。
>この堕落の経路と反対の経路が、彼ら夫婦の旅なのです。アブラムとサライは、ハランというサタン世界で夫婦でした。そこから神の召命を受けて、カナンに行くのです。カナンはエデンの園と同じですが、アダムとエバは楽園を追われたのでした。アブラムとサライの夫婦も、そこに留まることはできません。彼らは堕落前のアダムとエバのように、兄妹に戻るのです。そしてサタンの懐であるエジプトのパロ王宮に入るのです。(聖書の秘密より)
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