二度目の旅
一昨日書いたのと同じ内容が、アブラハムとサラと名前を変えてからもあった。
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>アブラハムはそこからネゲブの地に移って、カデシとシュルの間に住んだ。彼がネゲブにとどまっていた時、アブラハムは妻のサラのことを、「これはわたしの妹です」と言ったので、ゲラルの王アビメレクは、人をつかわしてサラを召し入れた。(20:1)
>ところが夢に神がアビメレクに現れ、「彼女は夫のある身である。もしサラに手を出したら、あなたは死ななければならない」と告げたのです。アビメレクは驚いて、神に訴えました。彼はわたしの妹だと言ったのです。また彼女もわたしの兄ですと言ったのです。あなたは正しい民も殺されるのですか。わたしは心も清く、手も清いのです。
>「いま彼の妻を返しなさい。もし返さないなら、あなたも身内の者も、みな必ず死ぬでしょう。返すなら彼は預言者ですから、あなたを守って命を保たせるでしょう」
>アビメレクは目が覚めると、僕たちを集めてこの事を語ったので、人々は大いに恐れました。彼はアブラハムを呼び出して、詰問しました。
>「あなたは何という事をするのです。わたしがあなたに何をしたというのですか。あなたはしてはならない事をしたのです。あなたはわたしに、大きな罪を負わせるところだったのです」アブラハムは答えました。
>ここの人々は神を恐れるということが全くないので、妻のゆえに人々がわたしを殺すと思ったからです。それに、サラはわたしの妹でもあるのです。わたしの父の娘ですが、母の娘ではありません。わたしは彼女に行く先々で、わたしの兄ですと言ってくれと頼んだのです。それがわたしに施す、あなたの恵みですと言ったのです」
>そこでアビメレクはたくさんの家畜と、男女の奴隷をアブラハムに与え、妻のサラを返しました。彼はまた銀千シケルを与え、サラへの償いとしました。アブラハムはアビメレクのために祈ったので、彼の家の妻たちは子を産むようになりました。サラのゆえに、神がアビメレクの家の妻たちの胎を閉ざしておかれたのです。
これはいったいどういうことなのだろうか?
>アブラムとサライが神に呼び出されて、ハランからエジプトに旅立ったのと同じような路程なのです。エジプトのパロと、ネゲブのアビメレクの違いだけで、内容は全く同じです。前回は旅のあとで、おいのロトを敵から救いだしたのですが、今度はロトを救いだしたあとで、例の路程をたどるのです。あれから数えてみれば、25年が過ぎています。今ではサラは90歳です。アブラハムは百歳になっていました。
>さてこの変な話が、またも繰り返された意味は何でしょうか。アブラハム夫婦の旅そのものが、中心人物として立つ条件でした。そして人類を象徴するおいのロトを助けるという、いわば試練に勝って実績をあげたとき、神の祝福があったのです。そして神はアブラハムに、牛と羊とはとを裂いて捧げる象徴献祭を命じられたのでした。
>すでに見てきましたように、アブラハムは鳩を裂かないで献祭に失敗しました。アダム家庭ではカインが失敗し、ノア家庭ではアベルの立場の次子ハムが失敗しました。アブラハム家庭では、中心人物である彼自身が失敗したのです。
>これまで神は、一度失敗した者は惜しげもなく捨てられました。次の中心人物が立つまでに、ある摂理的な期間がありました。アダムからノアまで1600年、ノアからアブラハムまでが400年でした。
>アブラハムとサラの夫婦が再び同じ路程をたどるということは、アブラハムが中心人物としてもう一度、神の召命を受けたということです。神はまるで無理やりアブラハムを立たせるかのようです。百歳という年齢は実際の年齢というより、帰一数の10に意味があるのかも知れません。再びやり直すという意味です。一度失敗したアブラハムが、なぜもう一度、神の召命を受けるのか。ノックアウトされたピッチャーが翌日また登板するようなものです。彼でなければならない、神の事情があるということです。(聖書の秘密より)
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