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MBCNET 「平和のための旅 2015 ピースロード」

MBC NET ドキュメンタリー 「平和を愛する世界人」(日本語吹替版)

MBC NET ドキュメンタリー番組「文鮮明、統一と平和のための生涯」

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“一時代の終焉を画す文師の死”

“一時代の終焉を画す文師の死”

本部サイトの記事によれば、
   ↓
http://www.ucjp.org/?p=13310

英国ロンドン大学経済学部宗教社会学の名誉教授・アイリーン・バーカー女史CNNの特別寄稿に、

 “彼は当代の新宗教が奉じた中でも間違いなく最も包括的かつ革新的な神学を創り出した人物としても記憶されるべきである”という一文がある。

 女史は様々な悪評も承知の上で、このような評価をしている訳で、統一運動に関しては、日本国内よりも概して海外の評価が高いと思われる。

文師は、自身の死以後の混乱も予測しておられたが、師が発見した神学は、膨大な著書(八大教材教本を中心として)にまとめられており、統一思想、勝共理論、原理本体論は正に革新的な内容として世に出ているので、混乱が解決されるのは時間の問題でしかないのである。

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紀伊風土記の丘


大きな地図で見る











和歌山市内に岩橋(いわせ)千塚古墳群がある。この付近は、紀伊風土記の丘として整備され、430基以上の古墳がある。

その他重要文化財の古い民家が移設展示されており、勾玉作り、ハニワや土器作り等のさまざまなイベントなども開催されているようだ。











紀伊風土記の丘公式HPによれば、

>岩橋千塚古墳群は、どのような人々を埋葬したか確実なところはわかりませんが、奈良時代に編さんされた「古事記」「日本書紀」などに登場し紀ノ川河口の平野部に大きな政治力を持っていた紀国造に関係する人々が有力視されています。
とある。

上に上っていくと、古墳が沢山あった。
非常に見晴らしが良く、古墳時代の人は、子孫を見守る場所としては最適だと思ったのだろう。











上の写真で穴が見えるのはA32号墳である。

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戦争を知らない大人たち

誰でも思いつきそうなタイトルで、ググってみると沢山出てくるが、あえてこのタイトルをつけてみた。

何人といえども、平和な世界を望んでいる。

しかし1人が武器を捨てたからといって、皆が捨てるかといえばそうはならない。

人間1人1人の心の中に「悪(自己中心)」が内在するからである(原理講論 堕落論参照)

戦後67年、平和ボケした日本で、何を為せば良いのか・・・・・。

それは、生涯をかけて怨讐(敵)を愛した文鮮明師が、道を示して下さっているのである。

キーワードは“強い日本”であり、抑止力として、文鮮明師が提唱する平和警察・軍の機能を、警察・海保・自衛隊が担うことが肝要であると思う。

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清心平和ワールドセンター

韓国で弔問して先日帰国した。










清心平和ワールドセンター(2万5千人収容)は、世界各国と韓国内から弔問する人で長蛇の列になっている。

現地で見ていると、韓国各地からも沢山のバスが連なって来て、次々に人を降ろして行っていた。

いよいよ明日は聖和式。情報によると、私が行った時よりさらに人が増えて、かなり混雑しているようだ。

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焼香所設置

現在、和歌山教会にも、焼香所が設置されており、既に宗教関係者他多数の来訪があった。

焼香所での弔問は、明日15日夕方6時まで受け付けています。




 

 

 


 

 

  



    礼拝堂

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統一教会創始者・文鮮明師が聖和

 世界平和実現のため生涯を捧げてこられた世界基督教統一神霊協会(統一教会)創始者の文鮮明師が、天暦7月17日(陽暦9月3日)午前1時54分、入院先の韓国・京畿道加平郡の清心国際病院で、聖和(逝去)されました。数えで93 (満92歳)でした。

詳しい記事は本部サイト参照 http://www.ucjp.org/?p=13082

管理人も、明日から弔問へ出発します。

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和歌浦

朝の和歌浦










実に清清しく、晴れて良い天気の和歌浦港である。











WIKIによれば、

“和歌浦は元々、若の浦と呼ばれていた。聖武天皇が行幸の折に、お供をしていた山部赤人が『万葉集』巻六の919番歌に、

若浦爾 鹽滿來者 滷乎無美 葦邊乎指天 多頭鳴渡
(若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴(たづ)鳴き渡る)”

和歌浦港の左手に片男波の砂浜が広がり、その奥は毛見の浜である。

盆に次男と帰省して、父に会ってきた。この間もつい2ヶ月ほど前、長男と共に、父の米寿の祝いの席に参加したのだが、やはりもう体力とか気力が、大分昔に比べてかなり弱くなったと感ずる。父といえば昭和18年から短歌を作り続け、1つの歌集を自費出版している。暇さえあればいつも読んでいたのは万葉集と斉藤茂吉全集であった。

で、父の短歌を一つ紹介しておこう・・

引っ越す前、結婚して紀ノ川沿いに新居を構え、父が訪問した時の歌。

“紀ノ川の流れゆたけき岸の辺(べ)の汝(な)が新(あらた)しき部屋を愛(かな)しむ”

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天地人真の父母勝利解放完成開門時代既成祝福式開催!!

7月16日、和歌山教会において、「天地人真の父母勝利解放完成開門時代 既成祝福式」が開催された。前回は4月末に行われたので約3ヶ月ぶりのことだ。今回は既成祝福6組、独身祝福6組の新郎新婦が参加した。







式の流れは前回とほぼ同じ。

主礼入場の後、聖歌隊による讃美、聖酒式。主礼の祝祷、祝福式が行われ、代表家庭2組が壇上に上がり、聖水式、聖婚問答、主礼による祝祷が行われた。









最後に全体で記念撮影を行い、家庭ごとに家族や祝賀客と一緒に記念撮影。その後、既成祝福を受けた新郎新婦は蕩減棒儀式を行った。

第2部として、祝賀会が盛大に行われた。乾杯の後、準備された食事を囲みながら楽しい歓談の時間が持たれた。今回も中高生達によるコーラス、ピアノ演奏と韓国婦人2人による祝賀の歌が披露された。
そして、新郎新婦の思い出の写真と一言メッセージを綴った「思い出のアルバム」上映がなされ、会場全体が感動の雰囲気に包まれた。更に、新婦や家族が準備してきた「感謝の手紙」が披露され、感謝と感動の祝福式となった。
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福飯ヶ峯

最近、地域の写真紹介をしていなかったので、ごく最近(2、3日前)行って来た場所を紹介する。
日前宮から竈山神社へ向かう道の左手に、福飯ヶ峯(102.3m)という小高い山がある。


大きな地図で見る
マップで見てみると山頂の近くまで道があるようなので、行ってみることにする。

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西教寺付近へスクーターで到着。(写真は西教寺)










そこから細い道を上がろうとしたのだが、勾配が急なので無理をせず空き地へスクーターを止めて歩くことにする。アイフォンのマップをたよりに頂上を目指す。途中畑で作業している人に挨拶した。次に地図の道が行き止まりの場所に数分で到着。











上を見上げると、木が鬱蒼と茂って薄暗い森の中は道が無く、結構急斜面だ。すべったら転げ落ちそうだ。頂上まで50メートルぐらいなので、意を決してそのまま上ることにした。土はぬかるむほどではないが雨後で湿っており柔らかく、木をつかみながら急斜面を登った。蜘蛛の巣が多く、ごくごく短い距離なのだが、10分ぐらいかかってしまった。

急斜面を上りきると尾根に出た。登山道があり、左に数10メートル位行くと、もう山頂があった。

後で福飯ヶ峯を上った人のサイトを見たら、麓の和歌山市神前の中言神社あたりから、登山道を探して登ったほうが楽だったと感じた。

木が多く視界が遮られ、見晴らしが素晴らしく良いとは言い難いがそれでも、快晴で見通しの良い天気だったので、山の上からの眺望を堪能することができた。わかりやすいところに三角点もあった。










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和歌山で浸水

 朝テレビを見ていたら、和歌山市南部の和田川流域で広範囲の浸水というニュースが流れた。あの付近は、少し雨が降るとすぐに浸水するので、地元の人間は毎度の事ということで、そんなに驚いてはいないと思う・・・。

 ニュースではヘリコプターが上空から撮影し、その後現地の小学校の教頭先生がコメントしていた。
 今まで報道されてなかったのが急に報道されるようになったのは、昨年の和歌山県南部の台風被害が深刻で、さらに震災等、災害に対する国民の関心が高まっているからかもしれない。

 今は雨も上がり、日が射して来た。