8月 21

東郷元帥については、以前に書いたが、乃木大将について触れていなかったので、少し書いてみる。乃木大将については人々の間で評価が分かれるが、明治天皇に対する儒教的な“忠”の情は、人一倍強かったのではないだろうか。

映画「二百三高地」でも有名であるが、乃木大将は日露戦争では第3軍司令官として旅順攻略を指揮したが、困難を極めた。自らの二人の息子も戦死する。戦後、軍事参議官となるが、明治天皇の意を受けて乃木は裕仁親王(昭和天皇)の教育係として、学習院の院長を兼任。陽明学を若き親王に勧めたりしている。乃木大将は明治天皇大喪の日、妻静子とともに殉死した。

昭和天皇は晩年まで、生涯で最も尊敬する人物として乃木の名を挙げ続けたそうである。

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8月 20

今週の礼拝堂のお花は、胡蝶蘭です。dvc00191s.jpg
日曜日には、聖歌隊で“聖霊きたれり”を歌いました。
歌の方はまだまだですが、頑張りたいと思います。

←クリック 聖霊きたれり

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8月 19

先日、NHKで、太平洋戦争前の満州に駐留した関東軍と阿片の内容を放送していたのを見たら、戦費調達のために、内地の陸軍とは無関係に、現地で阿片を栽培させたり、略奪して手に入れていたという内容だったので、興味深く見た。

つまり、結局日本は、西欧列強の悪い例を見習ってしまったといえる。

天はアヘン戦争を通して、鎖国を続ける日本に警告を発した。“蘭学”を学んでいた日本人たちがその警告を察知して、大きな改革の流れを作ってきたのである。

イギリスは、銀の国外流出防止とアメリカ独立戦争の戦費調達のためにインドで阿片を作らせ、清国に流したのである。清国が阿片を禁止したからといって、戦争を仕掛けるのは言いがかりのようなものであった。

日清、日露戦争の勝利がなければ、日本は今頃、どこかの国の領土の一部となっていた可能性がある。そう考えれば、江戸末期から明治期の日本には何か“天運”が働きうる内容があったに相違ない。

“軍神”といえば狭義では、戦前では広瀬中佐、佐久間艇長等の名前が挙がるが、日露戦争の全体の勝利を中心として考えると、広義では東郷平八郎元帥と乃木希典大将が当てはまるのではないだろうか。日本人であるならば、感謝と崇敬の念を持つべきである。

多くの犠牲を払いつつも“天の義”をもって勝利した戦争だからである。そのあたりの内容を以前に書いたので参照していただきたい。→ 管理人個人の私見

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8月 18

イエス様の時代も預言者マラキが出てからイエス様が生誕されるまでの期間、急速な文明発展があった。現在の急速な文明発展を見れば、現在が再臨期に当たっていることを裏づけている。

じゃあ、再臨のメシヤは何処に来たのか・・・ということになる。まさか雲に乗ってくると言う事をそのまま信じる人は、余程篤実な信徒しかおるまい。(それはそれで立派な信仰と言えるが・・・)

イエス様が多く喩え(たとえ)で語られたように、これは比喩であるといえる。この内容は原理講論の終末論に詳しく述べられている。


8月 17

歴史の同時性は、文先生が初めて言ったことじゃなくて、歴史家達がしばしば指摘していたことなのである。

イエス様以前のイスラエル2000年史と、イエス様以後のキリスト教2000年史を年表にして比べてみてください。年表にしてみるとはっきりと相似形を成していることがわかるだろう。

この内容は私が解説するまでもなく、江本武忠氏のページに詳しく解説されているので年表を参照してみていただきたい。

http://www.chojin.com/main.html

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8月 16

ようやくお盆も終わり、私も帰省から戻ってきた。実家に帰れば、ネット環境がないので電話線を使ってダイヤルアップで繋ぐ。昔はこんなものだったなと思いながらも、10年前と今との進化のスピードに、改めて気付かされた。

同時性の所を原理講論から紹介しているが、同時性の時代の形態が、完全な相似形をつくることができない理由が明確に論ぜられているにもかかわらず、反対する人々は細かい部分で反論してくることが多い。

しかし、詳細に比較してみると酷似している部分が多いのである。是非全文を検討してみていただきたい。
http://www.uc-japan.org/intro/dp/13dp.aspx

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8月 15

>モーセの使命を継承したヨシュアが、イスラエルの選民を導いてカナンの地に入ったのち、オテニエル士師をはじめとした、十二士師のあとに引き続いて、サムソン、エリ、サムエルに至るまで、合わせて十五士師が、イスラエルを指導した四〇〇年間を、士師時代というのである。彼ら士師たちは、次の時代において分担された預言者と祭司長と国王の使命を、すべて兼任していたのであった。それゆえに、ユダヤ教の封建社会は、このときから始まったのである。このような士師時代を、実体的な同時性をもって蕩減復帰する時代である新約時代の教区長制のキリスト教会時代においても、教区長たちは、キリスト教信徒を指導するという面において、士師のそれに該当する職分を帯びていたのである。

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8月 14

>ノアからアブラハムまでの四〇〇年のサタン分立期間は、アブラハムの献祭の失敗によって、サタンの侵入を受けたので、この四〇〇年期間を再び蕩減復帰する役割を担ったエジプト苦役時代には、ヤコブとその十二子息を中心とした七十人家族がエジプトに入ってきて、それ以来、その子孫たちは四〇〇年間、エジプト人たちによって悲惨な虐待を受けたのであった。

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8月 13

>既に論じたように、復帰摂理の目的は、「メシヤのための基台」を復帰しようとするところにあるので、その摂理が延長されるに従って、その基台を復帰しようとする摂理も反復されていくのである。ところが「メシヤのための基台」を造成するためには、第一に、復帰摂理を担当したある中心人物が、ある期間内に、ある条件物を通じて、神のみ旨にかなう象徴献祭をすることによって、「信仰基台」を立てなければならないし、次には「堕落性を脱ぐための蕩減条件」を立てて、神のみ旨にかなう「実体献祭」をすることにより「実体基台」をつくらなければならない。それゆえに、「メシヤのための基台」を復帰するために、摂理を反復してきたすべての復帰摂理の路程は、結局、「象徴献祭」と「実体献祭」を蕩減復帰しようとした摂理の反復にほかならなかったのである。したがって、「メシヤのための基台」を復帰するために、摂理路程の反復によって形成されてきたところの摂理的同時性の時代は、結局、先に言及した二つの献祭を蕩減復帰しようとして生じた一連の摂理的な史実を通じて、その同時性が形成されてきたのである。我々はこのような原則のもとで、各摂理時代の性格を調べてみることにしよう。

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8月 12

>同時性とは、何であろうか。人類歴史の過程を調べてみれば、たとえその程度と範囲の差はあっても、過去のある時代に起こったこととほとんど同じ型の歴史過程が、その後の時代において反復されている、という事実が、多く発見されるのである。

>歴史家たちは、このような歴史的現象を見て、歴史の路程は、ある同型の螺旋上を回転しているといっているが、その原因がどこにあるかは全然知らないのである。

>このように、ある時代がその前の時代の歴史路程とほとんど同じ様相をもって反復されるとき、そのような時代を摂理的同時性の時代というのである。このような同時性の時代を、摂理的同時性の時代と呼ぶ理由については、のちに、もっと詳しく説明するが、この現象は本来、神の蕩減復帰摂理に起因して生ずるものなのである。

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