昨日書いたように、
エリヤは、自分がエリヤであることをはっきり否定してしまって、失敗者となったのだが、イエス様は、
>「もしあなたがたが受けいれることを望めば、この人こそは、きたるべきエリヤなのである」(マタイ11・14)というふうにおっしゃって、イエス様御自身も、ユダヤ人たちが、自分の証言を喜んで受け入れないだろうということを知っておられたのである。
聖書で、雲に乗って来られると言われている箇所は多数あるが、黙示録から引用すると、
>見よ、彼は、雲に乗ってこられる。すべての人の目、ことに、彼を刺しとおした者たちは、彼を仰ぎ見るであろう。また地上の諸族はみな、彼のゆえに胸を打って嘆くであろう。しかり、アァメン。 ( 黙示録 1:7)
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イエスが、雲に乗ってくるという意味を解く鍵は、預言者エリヤにある。
実は、預言者エリヤは洗礼ヨハネだった。洗礼ヨハネが預言者エリヤの使命を持ってこられたのである。
>そこで、彼らは問うた、「それでは、どなたなのですか、あなたはエリヤですか」。彼は「いや、そうではない」と言った。
「では、あの預言者ですか」。彼は「いいえ」と答えた。
旧約聖書はエリヤの再び来る事を明示し、ユダヤ人たちはエリヤを待ち望んでいたのである。
(ヨハネ福 1:21)
ここで否認したことが洗礼ヨハネの失敗だったのだ。預言者エリヤは、天から降りてきたのではなかったように、実際にイエスが雲に乗ってくるということではなく、地上で生誕されるのだ。
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空海の母は承和2年(835年)2月5日に死去したが、そのとき空海は弥勒菩薩の霊夢を見たので、廟堂を建立し自作の弥勒菩薩像と母公の霊を祀ったという。弥勒菩薩の別名を「慈尊」と呼ぶことから、この政所が慈尊院と呼ばれるようになったとのことである。(wikiより)
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とはいっても、神社ではなく、今日紹介するのは仏閣だ。和歌山県伊都郡かつらぎ町にある、丹生都比売神社から少し行った九度山町に慈尊院がある。九度山という地名は弘法大師空海が、月に九度は必ず高野山上より20数キロの山道を下って、母公を尋ねられたので九度山と言われるようになったと言われる。
高野山は女人禁制であるので、母公は麓までしか来る事ができなかったのである。
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1人の勇気あるジャーナリストから、世の中に1つの石が投じられた。
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昨日紹介したビラの出所である、拉致監禁をなくす会〔http://rachi.info/〕
のページを見ていたら、ごく最近、拉致から帰還した人と、現在も拉致されている人が居て、それらの件には、・・・大学が組織的に関与していたという。
公的機関が、悪辣で、とんでもない犯罪に手を貸していたとは・・・・。(・・・絶句。
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統一教会-足立教会のちょっと一言のページから、荻窪駅で拉致監禁を訴えた時の当日のビラをダウンロードできるのでお知らせしておく。
(写真はビラから引用 )
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今日は、昨日の続きを書くつもりだったが、日曜日に朝から、壮年部の1日研修会があったので、紹介する。
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>丹生都比売大神の御子、高野御子大神は、密教の根本道場の地を求めていた弘法大師の前に、黒と白の犬を連れた狩人に化身して現れ、高野山へと導きました。弘法大師は、丹生都比売大神よりご神領である高野山を借受け、山上大伽藍に大神の御社を建て守護神として祀り、真言密教の総本山高野山を開きました。これ以降、古くからの日本人の心にある祖先を大切にし、自然の恵みに感謝する神道の精神が仏教に取り入れられ、神と仏が共存する日本人の宗教観が形成されてゆきました。中世、当社の周囲には、数多くの堂塔が建てられ明治の神仏分離まで当社は五十六人の神主と僧侶で守られてきました。
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8月の末に行って来てみたが、まだ紹介していなかったので、
今日は高野山の麓、和歌山県伊都郡かつらぎ町にある、丹生都比売神社を紹介する。
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